HOME > 資料・読み物 > 岡村廸夫のページ > 3.カッコいい

資料・読み物

3.カッコいい

電車の掃除

 ある5月の早朝,東京駅の東北新幹線プラットホームで折返し列車の到着を待っていた。隣には修学旅行か,制服姿の女子中学生の列ができた。
 列車は定刻より少し遅れて入ってきた。掃除のおばさん達がドアの横にかけよって,降りる乗客を待ち,最後の客が出るといっせいに飛びこみ,片手で座席の向きを回し,もう一方の手で汚れたカバーを選んでむしり取っていく。 どっと上がる声,振り返ると女学生達がその動作がおかしいと笑っている。
 「なんで笑うのかな」筆者は思わず声をかけた。
 「あの格好がおかしいのかい? いま8時16分だろ,発車は21分だから,あと3分くらいで片付けなくちゃならないんだ」
 「おかげで電車はきれいに走っているんだぜ」
 「お猿みたい? でもあの人たちは漫画のヒーローより世の中の役に立ってると思うよ」
 「カッコ?あれを見てカッコが悪いと思うなら,働くことの価値がわかっていないんじゃないかな」
 最後の一言でようやく叱られているのだと悟ったらしく,それまで無邪気に答えていた彼女達はいっせいにふくれた顔になった。この調子では何かをたしなめるにも,機嫌をとりながらでないと素直に入っていかないようだ。いや,何人かは分かっている子もいるだろう。
 修学旅行の目的地の見学より,こうしたことのほうが役に立つ場合もある。教科書に載っていない,試験にもでない,自然や社会から学び,思い,吸収する力が必要である。用意された試験問題に対する勉強だけやったのでは,厚みのある人間にならない。そういう人達が親になったら,次の世代の家庭での躾も教育もおぼつかないだろう。

カッコいいのは要注意

 どうも人は実質を忘れ,言葉や外見に惑わされやすい。それはすでに紀元前五百年ころ孔子の言行を記録した論語の有名な言葉「巧言令色スクナシ仁」(口のうまい格好のいい人は,得てして人間ができておらず思いやりが少ない)と警告されている。
 先年「男はあたま」という理髪業組合が作った広告があった。これがブラックユーモアと理解されない程度に,最近の外見を重視し,感性とかいって単なる印象で人や物を判断する傾向が強い。これはテレビ時代,映像時代が招いた幻影であり,2500年前から陥りやすいから気をつけろと警告されていた人間の習性である。

テレビと漫画

 近くの小型書店のほとんどが,本屋ではなく漫画屋になってしまった。漫画のどこが悪いかというと,「考えることが少ない」からである。
 その点ではテレビもよく似ている。テレビを見ていると,新しい知識や情報が入り利口になるか。どうもその反対のようだ。だんだん受け身になり思考に主体性がなくなる。雑多な情報は入るのだが,百万の雑兵は百の精鋭にかなわない。大宅壮一氏が既に1957年にテレビを「一億総白痴化運動」と評したが,まさにその通りとなっており,実に先見の明があった。

流行を無視しよう

 あまり人と同じことをするのは,無批判,主体性の欠如である。しかしなにも目だし帽を被って営業に出掛ける必要はない。いったいネクタイは何の役に立つのだろうとは思うけれども,あまり素っ頓狂なことはしないという証明となり,相手を安心させる効果はある。
 自然の物事はそう一律に○と×に分けられるものではない。共産主義にもそれなりの長所があり,資本主義も運用次第では重大な欠陥を呈する。世間を騒がせた新興宗教にさえ,在来の宗教にない魅力があったからこそ,あるいは世間のほうに魅力がなかったために,あれだけの信者を集めた。
 商売で流行を利用せざるを得ない人は別だが,流行で研究テーマを決めたり,流行で装置を作るのは賛成できない。資本主義は花見酒だというが,無駄にスタイルを変えて新型を作る暇があるなら,もう半年商品寿命を伸ばした製品を作るか,環境対策や廃棄物処理にエネルギを注ぐべきだ。
 これまでの信用にもよるが,カッコをよくして騙そうとする代わりに,それだけの信念で物を作り,それだけの信念で説明すれば,次第にユーザーにも通じ,信用も築かれるに違いない。また,自分がユーザーのときは,そういう評価をすることにしよう。

-■

(初出:トランジスタ技術,CQ出版社,1996年 8月号 第33巻 第383号 連載3:カッコいい)

[NEXT ] 4: 文章を読み書きする力

ページのTOPへ