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18.忙しさからの脱却

忙しいというが

 現代は多忙であり,ストレス社会だなどという。よく考えて寿命の長い製品を作れ,と奨めると忙しくて考える暇がとれないという。本当にそうだろうか。 忙しい組織を預かっていたとき筆者は,月曜日の朝一番に30分間,前週の経過と今週の対応を打ち合わせることに決めた。
 その経験から現在でも多忙だという部門にこれを推奨する。だが返ってくる答えは「忙しくて打ち合わせする暇がとれません」・・・時間がないからこそ,どう対応するか策を練る必要があるのだが。

忙しくなる原因

 なぜそれほど忙しくなるか,最大の原因は無計画で,よく考えれば一度ですむことを軽率に何度も繰り返し,ムダを生産するからだ。例えば頻繁すぎる新製品やモデル・チェンジ,行き当たりばったりのソフトウェア作成,種類が増えすぎる雑誌,資料と区別のつかない本,引き受けすぎる筆者による安価な促成原稿。
 製品などを使う側にも同じ傾向がある。簡単に物を買うからすぐ買い換えの必要が起こる。今日は無責任で頼りない製品が多く,ユーザが時間を費やす迷惑を考えていないから,新しいものを買うことは物と時間の浪費と環境汚染の悪循環に陥りやすい。

自分の時間

 残業と車とパソコン,これが現代が忙しくなる三悪のようだ。日本人は勤勉だというが,単位時間当たりの効率は高くない。つまり非能率な方法で長時間働いている。そこを見直すと時間に余裕ができるはずだ。
 自家用車は都市では必需品というより時間を浪費する原因となりやすい。パソコン,インターネット,携帯電話も大局的な時間の節約になっているか。
 残業や休出をやめて自分の時間が生まれると,貧乏人が不意に大金を手にしたみたいで,それを何に使ったらよいかわからないという人も多い。

欲望の整理を

 一丈四方の庵を結んだり,一日に玄米四合と味噌と少しの野菜で我慢をとは言わない。だが現在のように,物質的な欲望を追ったのでは幸せになるだろうか。
 収入が欲しい,何のために?家族や自分が裕福な生活ができるから,金持ちは幸せか?どうもそうとは限らないようだ。いったい人生でやりたいことは何か,こんな重大なことを,真面目に考えているか。

苦労は買ってでもする

 それなら腕を磨こうとテレビを見ても本を読んでも,学習ソフトを使っても大して効き目はない。一番効果的なのは「自分で苦労すること」である。「裕福な家庭」は,子供たちの将来のためによくない。どうしても金のある習性が身について,贅沢で逆境に弱く,運よく成功して人の上に立っても気が利かず思いやりが不足して,あとで苦労する例が珍しくない。
 二宮金次郎は薪を背負いながら勉強し,野口英世は囲炉裏に落ちて手が不自由になり発奮したという。もちろん彼等はそういう困苦を克服して大成したから偉人なのであって,裕福な家庭から育った大人物は枚挙にいとまがないはずだ・・・と漠然と思っていた。
 そうではないらしい。日々崩壊しつつある日本の現代を見ていて不安がある。金を追い美食を漁りブランド品を身につけて,それがいったい何になる。必要なのはゲームや希少グッズでも,金貨でも学歴でもなく,深い思考と,逆境に耐える精神力ではないか。

応用問題の解き方

 「梅干し」と書くと,それは酸っぱいなどと説明しなくても,すでに読者の唾液腺を刺激したはずである。
 本連載の目的は,これと同様な効果を1ページの窓を通して,広範な世間の問題に対して挙げることにあった。無数の実例を述べる代わりに,どう考え,異なる分野や状況に適用するかは,読者の頭脳および精神活動による増幅効果に期待するのが最善である。
 ここでは科学技術に直接関連する例題や関連付けの説明はできるだけ避けた。そうした発展は読者自身が考えなくては,異なる個々人に必要な局面に応用していうのは困難だと思ったからである。
 例を挙げれば,信念のもちかた一つで,未知な研究,新製品の開発,販売会議,EMC設計,環境問題への対応,職業と家庭の両立,残業からの脱出,役に立たない会議の改善,・・・などの局面は一変する。
 その実行と成果の享受は,読者にかかっている。これまでの18回が読者自身の考えを起動するヒントとなれば,筆者としてこれにすぎる幸はない。

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(初出:トランジスタ技術,CQ出版社,1997年11月号 第34巻 第398号 連載17:反論のしかたと育てかた)

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