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10.日本は壊れかけている

世間はどんどん変わる

 若いころ筆者はひどい世間知らずだった。(今だってそうかもしれない)。国や社会,学校や会社といったものは,万古不変とは言わないまでも,その状態でずっと存在するものだと,ほとんど無意識に思い込んでいた。
 人生60年を越えて振り返ると,神国だったはずの日本は戦いに敗れ,共産主義の牙城ソ連は食うに困り,資本主義の成果アメリカは犯罪に乱れている。世間では,筆者が就職を迎えた40年前の状況を今と比べれば,存在しなかった会社が隆盛を極め,伝統ある大会社が商売替えをして辛うじて残っている例も多い。
 国も社会も,会社も家庭も,不変ではない。その人の一生のうちに変わるものだと承知してほしい。

日本は今、壊れかけている

 世紀末でも,何とかの大王のせいでもない。私たちが原因で,日本は今こわれかけている。鳥が巣作りを忘れ,獣が子育てを棄てる……などというとまた他人ごとに聞こえるから,具体的な例を挙げよう。
 マックスウェーバがその著書で,資本主義の発展の条件はプロフェッショナルの倫理感だとしている。
 政治が金にまみれ,公務員が私利を貪り,警官が犯罪を起こし,報道が公正を守れず,銀行が投機に奔走し,親が子のしつけを放棄する……これらは人が,企業が,倫理感を失い,目先の金もうけに走っている十分な証拠でなくて,なんであろう。
 バブルも,空洞化もその一因かもしれない。しかし,そういった社会現象は他人ごとで,政治家やお役人や社長が考えればよいという,遠いところの出来事ではすまない。

身の回りで起こっていること

 若い技術者の間に,難しいことを下からかっちりとマスターしようという気風が消えつつある。雑誌でいえば歯ごたえのある記事が読まれない。書籍も骨のある本当に役に立つのは売れない。出版社も,売れないけれど大切な本や記事を維持しようとせず,そのとき人気のあるものを追っていってしまう。
 そういう環境がどんな人を作るか,缶詰の缶を作っていた会社が,商品相場をやった方が儲かることに気づき,家電製品で苦戦するよりは東南アジアでゲーム機を作る方が楽だと悟ったりする。
 元来,こうして需要のある物,必要が起こるところにエネルギが注がれ発展がもたらされるのは,資本主義のメカニズムそのものであったはずだ。
 だが,現状ではこれが,堕落や崩壊を促している。それを食い止めるものが,動物的な利益や食欲の追求ではなく,個々人の熾烈な倫理観ではないか。

組織の中での例題

 たとえば会社で,何か新しいことを企てたとしよう。自分の仕事について,たとえば新しい雑誌を出版するとか,新型の電気カミソリを発売する場合を考える。
 その際に,読者やユーザーがどう考え,どんな反応をするだろうか,どうやって製品をよくするか,ということに,社内の議論が向かえば正常である。
 ところが近ごろの風潮では,そうではない。何部長をどうやって落とそうとか,販売課の面子をどう立てようとか,そっちに重点がいってしまう。そんなバカな……と思ううちはまだ健全な精神が宿っている。
 血液製剤にエイズの原因が含まれると分かったとき,ときの厚生省は「世間を混乱させず軟着陸させる」ために情報を隠し,製品を何年も売り続けさせ多くの死亡者を招いたという。これは結果論かもしれず,マスコミの情報操作が入っているかもしれない。本当なら残念だが,本末転倒した組織腐敗の好例である。

丈夫で健やかだけでは

 どこかの食品のコマーシャルのように,子供が丈夫であればよい,健やかに育ってほしい,というのは誤解され易い。丈夫で健やかにむくむくとブタのように育っただけでは,社会の迷惑である。
 そのうえに贅沢と浪費を身につけて成長したのでは,宇宙船地球号はやっていけない。子供の時代からしっかりした考えかたを教え,例えば世の中というものの考えかた,偉い人という定義,金と幸せの関係,などを身につけさせる必要がある。
 他人を幸せにする,作物を耕作する,物を製作する,といった働くことに対する喜びが,他人から金を巻き上げて贅沢をするより大きな幸せであることを,まず大人が知るのが先決だが。
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(初出:トランジスタ技術,CQ出版社,1997年3月号 第34巻 第390号 連載10:日本は壊れかけている)

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