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13.フェアとアンフェア

ホテルの行列

 シカゴの空港に隣接する大ホテル,オヘア・ヒルトンのチェックイン・カウンタには長蛇の列ができていた。夏の雷雨で各地の空港が閉鎖され,予定の便が飛ばない。五つの窓口が開いているのだが大勢の臨時宿泊客が押し寄せ,私もそのなかにいた。
 長いこと穏やかに並んでいた行列の前から数人目にいた日本人が,突然するすると窓口に近づいた。とたんに罵声が響き,その人が窓口から小突き出されて途方に暮れた顔になった。筆者は偶然そちらを見ていたので,事情はすぐに呑み込めた。
 彼は前から5番目にいた。彼に一番近いカウンタが空いたので,しめたとばかりに窓口に進んだのである。欧米の多くの空港,ホテルや銀行など長時間人が待つところでは(近頃は日本でもあるが),一列に並び空いたカウンタに先の人から順に進む。
 習慣といえばそれまでだが,そこには「フェア(公平)にしよう」という心理が強く働いている。多くの日本人にとってありふれた行動なのだが,周囲の人たちにはアンフェアな(ずるい)抜け駆けと映ったであろう。

コンピュータ・ショップでの経験

 先年秋葉原に素晴らしいコンピュータの大店舗が開店した。豊富な商品の品揃えと,わかりやすい展示,それに秋葉原価格とあって筆者も何度か訪れた。
 だが困ったことに,会計にむやみに時間がかかる。並んだ窓口に時間を食う客がいると,ほかの列は進むのにいくらでも待たされる。新しい窓口が開くが付近に居た客が並び,正直に待っていると順番がいつくるかわからない。何度かアンフェアに長時間待たされ,筆者はこの店で買うのを止めてしまった。
 この類の現象は上記にかぎらず,日本では今でも駅の窓口などでよく見られる。担当の係員は一生懸命さばいていると言うだろう。だが彼等は自分の仕事を片づければ良いと思い込み,待たせている人のこと,その社会的公正さまでは考えが及んでいない。
 待っている人の列が見えないはずはない。隣の列は担当者が倉庫に調べに行っていて,もう1時間も並んでいることがわかる。そこに自分の窓口を空けたら,行列が右往左往するのは毎日レジをやっていて予測できるはずだ。どうも「公平にやろう」という訓練がなく,そうした観念が希薄なのだと思う。

日本人は正義の味方か

 1935年に生まれた筆者は軍国主義時代に幼年期を過ごしたから,偏った教育を受けたはずだ。そのせいもあってか,日本人がとくに礼節を重んじ理非曲直に敏感で,正義感の強い国民だと信じていた。
 だが戦後米国に住んだ頃から,残念だがどうもそうではないと考えるようになった。
 もちろん人により,階層によって異なるのだが,米国には日本よりハッキリした正義感が,もっと表面に現れた形で,日常的に存在する。

地震と4ウェイ・ストップ

 米国では信号機のない同じような幅の道の交差点はfour way stopと呼ばれ,どの道から来た車でも,先に止まったほうが先に交差点を通過するルールとなっている。
 米国生活にようやく慣れたある日,ほとんど同じタイミングで交差点に入ってキュッとブレーキを踏んで先に止まったところ,ニコニコと手を挙げてどうぞと合図され,思わず赤くなったことがあった。
 サンフランシスコ地震の最中に道を走っていたS氏は「連中は地震でも突っ込んできませんからね,あれには驚きました。日本なら大変でしょうけれど。」

尊敬されない原因

 ここまで述べてきた彼我の差は,日本人の国民性がだらしないからというわけではない…と考えたい。おそらく西欧では,多数の人種の異なった習慣や価値観のなかで,これが正しいということをハッキリと主張する必要があった。それに対して日本では,うやむやの了解でも皆が平和に収まれば済んだ。その結果がこうなったのではないか。
 だが今日では地球が狭くなり,日本だけの論理は役に立たない。世界に通用する論理や倫理を身につける必要がある。これは異文化を取り入れることの得意な日本人にとって,やればできることのはずだ。
 金持ちになっても,製品が好評でも尊敬されない原因の一つはこのあたりにある。お手本のない物は作れなかったり,いくら高品質でも他社の製品をちょっとモディファイした二番煎じでは信頼されない。
 海外旅行が盛況だが,せっかくの機会だから,買い物のほかにもっと大事なことを見てきてはどうか。
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(初出:トランジスタ技術,CQ出版社,CQ出版社,1997年7月号 第34巻 第394号  連載13:フェアとアンフェア)

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